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ノウハウ(M&A)

事業再生型M&A-債務超過企業を“生きた事業”に戻す

債務超過と聞くと、「会社の価値がゼロになった」と感じる経営者は少なくないでしょう。
しかし、貸借対照表がマイナスでも、顧客・人材・ノウハウ・チャネルなど“稼ぐ基盤”が十分に残っている会社は多くあります。

こうした会社を、外部のスポンサーと組みながら「もう一度キャッシュを生む姿」に作り直す手法が、事業再生型M&Aです。どんな会社が再生型M&Aの対象になり、どのような手順で再生が進むのかを紹介していきます。

1|債務超過でも“売れる会社”はたくさんある

たとえば、こんな町工場を想像してみてください。

創業30年、下請け一本でやってきた精密加工の会社。
コロナ禍と設備更新の借入で、気づけば債務超過。
ここ数年は赤字続きで、銀行担当者も顔が曇りがち——。

数字だけを見ると、「もう買い手なんてつかないのでは?」と思えます。
ところが、よく見ると別の姿が見えてきます。

・大手メーカーからの依頼は絶えない
・現場には熟練の職人が揃っている
・他社では真似しにくい加工ノウハウがある
・取引先からの信頼は厚い

つまり「お金の周り方は苦しいけれど、稼ぐ“基盤”そのものは残っている会社」です。
再生型M&Aの世界では、この基盤で「これをどう組み直せばキャッシュが前に進むか」という視点で会社を見ています。

2|再生型M&Aでやっていることを一言でいうと?

ざっくり言うと、再生型M&Aは

「血圧が下がりすぎてフラフラの会社に対して、①輸血(資金)、②ダイエット(不採算の整理)、③リハビリ(ビジネスモデルの再設計)をセットでやる」

ようなイメージです。

ただ「お金を入れる」だけでは意味がありません。短期間で、

・これ以上、資金ショックが広がらないように止血する
・どうやっても黒字化しない部分はきちんと見切りをつける
・残す部分を、少ない売上でも利益が出る体型に作り替える

この3つを、一気に積み上げていきます。

再生型M&Aは見かけ上の純資産を厚くすること自体よりも、「何カ月後に、どういうキャッシュの回り方になっているか」を設計し直すことが中心になります。

3|どんな形で会社を引き継ぐのか

「会社を譲る」といっても、形はいくつかあります。難しい言葉をできるだけかみ砕いて説明すると、こんな違いです。

会社ごとバトンを渡すイメージ(株式譲渡)

会社の“持ち主”をそっくり入れ替える方法です。
許認可や取引基本契約、従業員との雇用契約などは、基本的にそのまま残ります。

・現場の混乱を最小限にしやすい
・ただし、過去の隠れたリスクも一緒に引き継ぐため、事前の調査と契約でのリスク分担が重要

「社名は残したまま、オーナーだけ交代する」というパターンです。

“おいしいところ”だけ引き継ぐイメージ(事業譲渡・会社分割)

欲しいのは会社丸ごとではなく、

・このブランドだけ
・この工場とこのラインだけ
・この地域の店舗だけ

といった「良い部分」に絞りたいケースもあります。

そんな時に使われるのが、事業譲渡や会社分割です。
不採算の店舗や不要な資産は元の会社に残し、「核になる事業」だけを新しい器に移します。

銀行と腹を割って話すステージ(私的整理・法的手続)

どの形でバトンを渡すかと同時に、「この借金を、どのように現実的なサイズに整えるか」という相談も進みます。

・水面下で銀行と静かに進める「私的整理」
・裁判所の手続きも使いながら、広い範囲の債務を一気に組み替える「民事再生・会社更生」などの法的手続

実務では

・必要な事業だけ事業譲渡で移しつつ、元会社は私的整理で借金を整理する
・株式譲渡でスポンサーが入り、同時に増資や借入条件の見直しを行う

といった“合わせ技”がよく使われます。

4|買い手が本当に見ているのは「これからの姿」

債務超過の会社を見ているスポンサーが気にしているのは、「今の数字」よりも、「立て直した後の姿」です。

先ほどの町工場の例でいうと、こんな会話が交わされます。

「このラインとこの取引先に絞れば、固定費をこれくらい削っても、売上はこの水準は守れそうですね」
「そうすると、2年目からは毎年これくらいのキャッシュが残る計算になります」
「そのキャッシュで借入を返していくとしても、投資回収は○年ですね」

つまり、債務超過かどうかより、

・何をやめるか
・何を残すか
・価格や条件をどう見直すか

を組み替えたときに、「キャッシュが黒字に戻る絵が描けるか」に投資判断の軸があります。

5|“債務調整”は冷たい話ではなく、「会社を守るための話し合い」

再生型M&Aでは、スポンサーが資金を入れるだけでなく、既存の借入や債務の“整理の仕方”も一緒に設計します。

内容だけ聞くと冷たく感じるかもしれませんが、本質は「会社を残すために、痛みの分け方を話し合うこと」です。

・当面の返済を猶予してもらい、資金ショックを止める
・金利を見直し、毎月の支払い負担を減らす
・どうしても返しきれない部分については、一部の元本を免除してもらう
・借金の一部を株や劣後ローンに振り替え、見かけ上の財務体力を戻す

もちろん、簡単に「はい、そうですか」とは進みません。
その代わりに、「このレベルまで条件が変われば、この事業計画で会社は再び回る」という筋の通った計画を示し、銀行や債権者の納得を取りに行くプロセスになります。

6|買収後100日で何が起きるのか

再生型M&Aは、契約書に判を押したところがゴールではなくスタートです。
そこから最初の100日が、とても濃い時間になります。

はじめの数週間で必ずやるのが、「現金の見える化」です。
毎週のように、経営陣とスポンサーが集まり、

・今週いくら入って、いくら出ていったか
・来週、再来週、どこで谷が来るか
・どの支払いを優先し、どこを交渉するか

を、具体的な数字を見ながら決めていきます。

同時に、現場ではこんなことを行います。

・儲かっていない商品やサービスをやめる
・原価が高すぎる取引条件を見直す
・家賃や外注費の交渉を始める
・属人化していた仕事をマニュアル化し、誰でも回せるようにする

外から見ていると、「ずいぶんいろいろ変えているな」と映るかもしれません。
でも、中で起きていることを一言でいうと「キャッシュが前に進むように、会社の“体質”を短期間で変える」という作業です。

7|社長・オーナー・個人保証はどう扱われるのか

債務超過になると、どうしても既存株主の経済的価値は薄くなります。
増資やDESで持ち株が薄まったり、一部の株主には退場してもらうケースも出てきます。

このときに大事なのは、

・なぜ、そういう整理が必要なのか
・代わりに、どんな役割や条件を用意できるのか

を、きちんと言葉にして伝えることです。

たとえば、

・創業社長には、新体制の取締役として残ってもらう
・一定期間、アドバイザー契約を結び、事業の引き継ぎや人材育成を担ってもらう

といった形で「次の居場所」を一緒に考えることも珍しくありません。

個人保証も同じです。
全てがきれいさっぱり消えるわけではありませんが、事業計画とセットで「ここまで返済できたら、この範囲は外しましょう」といった包括合意を探っていきます。

8|よくあるつまずきは「先送り」と「情報不足」

再生型M&Aの現場を見ていると、数字のテクニックというよりも、

・決めるべきことを先送りしてしまう
・関係者への説明が遅れ、不信感と噂だけが広がる

この2つで失速するケースが目立ちます。

資金繰りが苦しくなってから1年、2年と先送りし続けると、
「できたはずの選択肢」がどんどん潰れていきます。

また、「従業員にはぎりぎりまで言わない方がいい」と考えすぎて、結果として社内には妙な噂だけが広まり、キーパーソンから辞めていく……。
こうした悪循環も、決して珍しくありません。

再生の現場でうまくいく会社は、共通して

・状況が悪くても、数字を直視する
・取引先や従業員に対して、早めに自分たちの言葉で説明する

この2つをやり抜いている印象があります。

9|「うちも再生型M&Aを検討すべきか?」と思ったら

ここまで読んで、

「もしかして、うちもこのレベルかもしれない」

と感じた社長さんがいたら、いきなり難しいスキームを勉強する必要はありません。
まずは、紙一枚でいいので、次のことを書き出してみてください。

・「絶対に残したい事業・取引先・人」は誰か
・「本当はやめたいけれど、惰性で続けているもの」は何か
・当面1年、生き延びるために最低限必要な資金はいくらか
・社内外で、最初に本音で相談すべき相手は誰か

これらを書きだすことは、もう立派な「再生型M&Aの入口」です。
専門家に相談するときも、この4つが整理されているだけで、話のスピードと選択肢は大きく変わります。

おわりに

債務超過は「終わりの合図」ではなく、「このままの形では限界。形を変えれば、まだ戦えるかもしれない」というサインです。

再生型M&Aは

・外部の力を借りながら
・痛みを分かち合いながら
・もう一度キャッシュが前に進む姿に生まれ変わるための選択肢

と言えます。

数字の話・スキームの話は、プロに任せて構いません。
社長であるあなたにしかできないのは、

「何を守り、何を手放すか」
「再生した先に、どんな会社でありたいか」

を決めることです。

その答えさえ見えれば、専門家はそこから逆算してスキームと数字を組み立ててくれます。まずは、自社の“本当に残したいもの”を書き出すところから始めてみてください。